「むなしい」
1人暮らしを始めて1年。
何も届かないと分かっていてもポストを開ける。
唯一の楽しみは時々入るエロチラシ。
そんなある日、見慣れないケバケバしい葉書が届いた。
「おめでとうございます。厳選なる抽選の結果、あなたが選ばれました。」
3億円当選した選ばれしもの
3億円当選した。
思えば何かに当たるなんてガリガリ君以来の出来事かもしれない。
マンションの集合ポストの前で葉書を凝視していることに気づいて周りを見渡した。
まぁ、俺のことを気にしている人間なんていないんだけど。
葉書を手に足早に階段を駆け上がる。
「あなたが選ばれました」
この言葉に踊らされたのかもしれない。
足の踏み場もない部屋に入ってそこら辺の服を蹴飛ばす。
小さなスペースで葉書を眺めて顔がほころぶ。
隅々までじっくり眺めたあと、PHSを取り出して電話を掛けた。
「あ、あの、葉書が届きまして」
仕事も休みの水曜日
スーツを着て名古屋栄の雑居ビルに出かけた
うるさい心臓を深呼吸をして鎮める
ドアノブに手をかけると向こうから開いた
「おめでとうございます。よる様。お待ちしておりました」
雑居ビルとは思えない高い天井
テレビで見るようなきれいなオフィス
心なしか手に汗を握りながらうるさくなる心臓
少しばかし、にやけていたかもしれない
奥に通されるとスーツ姿の眼鏡をかけたきれいな女性が分厚い書類を持っている
タイトなスーツを着たキリッとしたメガネのよく似合うきれいな女性だった
1枚づつ書類をめくる彼女を眺めながら長い説明を聞いていると、不意に質問を投げかけられた
「英語は話せますか?」と
話せますか?だと?話せないといけないのか?話せないとまずいのか?3億円は?
無言のプレッシャーを感じる
「話せます」
「それではいざという時のために、わたしと練習をしてみましょう」
練習をしてみましょう?いざ?いざという時?ナンパされた時?3億円は?
胸ばかり見ていて説明は全く聞いていなかった
そういえば、世界一周旅行が付いてくるって言ってたような気がする
眼鏡を上げながらスーツ姿の女性がほほ笑んだ(気がする)
突然始まる英会話
「?????????????」
「おーけーおーけー」
「?????????????」
「はっはーぐっどぐっど」
「?????????????」
「のーのーのー」
「?????????????」謎ジェスチャー
謎ジェスチャー
冷や汗をかいたが、なんとかやり過ごした
謎の達成感を感じながら女性と目が合うとニコっと笑った(気がする)
「安心してください。こちらでは万が一のために徹底的にサポートさせていただきます」
なんだよ、早く言えよ、やるじゃん、よこせよ3億円
「専属でマネージャーをつけさせていただきます。ですが、報奨金が2億円となりますがよろしいですね」
良くねぇよ、たけえよ、バカかよ、俺の1億円は大金だぞ
「いやっいいです」
「いいですね?」
「いいです。いや、いらんです。たけぇです」
「ですが、万が一事件に巻き込まれた場合保証ができませんので、それでは報奨金もお支払いできません」
もう訳が分かんねーよ。報奨金ってなんだよ、俺の金はどうなるんだよ。
「いや、それも無理ですね」
眼鏡女がため息をつきやがる
「それでは、英会話のマンツーマン指導を行うのはいかがでしょう。今でしたら50万でネイティブまでできますが?」
ネイティブ?なんじゃそりゃ。シャンプーかよ、50万?安いのか?3億から50万引くといくらだ?
「じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちら先払いになりますので契約書に拇印をお願いします」
先払い?ボイン?契約書?
野生の感がまずい気がすると言っている。
だが3億円は欲しい、まだ家賃も払ってねぇ
「やっぱ英語しゃべれましたわ」
女の眉がぴくっと動いた(気がする)
「はい????」
「いや、思い出した。しゃべれますわ」
「しゃべれませんでしたよね?」
「たった今思い出しました」
「もっかい会話してみます?」
「いいっすよ」
この女、またため息をつきやがった
「?????????????」
謎ジェスチャー
「?????????????」
謎ジェスチャー
「?????????????」
「ぱーぢゅん」謎ジェスチャー
ばばぁの顔が真っ赤に染まる
「?????????????」
「ちょっと発音が悪すぎて何言ってるかわからんすわ」謎ジェスチャー
真っ赤になったばばぁが電話を掛けだした
なんかとてもまずい気がする
カッカッカ
扉の向こうから少しづつ足音が近づいてくる
グラサンおっさんがきた
「お兄さん、3億円入らないの?」
「欲しいっす」
欲しい。クッソ欲しい。焼肉食べたい。
「じゃあわかるでしょ。50万払えば3億円だよ」
俺の口座には21円しか入ってねぇよ
全財産で弾けないギターを買ったからな
今月の家賃も払ってねぇのに、電気も止められてんのに
お腹が鳴った
「なめてんの?」
あークソクソクソ俺の3億円
「あーーーーーーーん?うっせーなぁ!」
おもクソ机を蹴り上げて走った。
背中から怒声が聞こえる
こういう時は勢いが大事。
走った。とにかく走った。
マジで走った。
30分は走ったと思う。
追いかけてはこなかった。
靴が片っぽなくなった。
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