大人になったら大人になれると思ってた。
「ガキがこんな世界に来んなよ」
15の冬
気怠そうにタバコの煙を纏う、
切れ長の目で空を見つめる女に会った。
15の冬
高校受験も終わり、一日でも早く家を出たかった俺はまたバイトを始めた。
とはいえ、中学生が働けるとこなんてたかが知れてる。
新聞配達か、誰かのツテか、誤魔化すかしかない。
金が稼げて、歳がバレず、身分証もいらない、都合のいいバイト。
「ほんとにハタチ?」
「うっす」
「ふーん。……まぁいいけどさ、とりあえず今から入ってよ」
「あざっす」
俺はスナックで働き出した。
チャームを用意して、ぼったくりのレトルトをたまに作って、自販機までタバコをパシる。
時給はいいし、小遣いはもらえるし、サボってたって何も言われない。
それに、物珍しいのか誰しもが優しい。
誰も何も言わないけど、まぁなんとなく察してるんだろう。
そのうえ、場末のスナックが忙しいわけもなく1人暮らしの資金をためるのに最高のバイト先だった。
バックヤードの裏、非常階段でマンガを読んでいると目つきの悪い煙草くさい人が出勤してきた。
嫌いな大人
酒くさい、煙草くさい、香水くさい。
都合の悪い時だけ子ども扱いしてくる、俺の嫌いな大人達。
輪の中に入ると、なんだか大人になったと勘違いする。
「子供がこんなとこでなにしてんの」
見上げると、煙草の煙を吐きながら彼女が聞いてきた。
「子供じゃねーっすけどね」
「ふーん…………」
チラッと目を合わして彼女はカウンターでメイクをしだした。
感じわりぃな…。
仕事をこなすようになって、いろいろ分かったことがある。
感じの悪い彼女はユキさん。
多分、一回りくらい上だと思う。
綺麗な顔のくせに地味なドレスを着てる。
飾らない代わりに言葉には棘がある。
目つきも悪い。そのくせ、なぜかわりと人気がある。
パッと見、夜の世界からは浮いてる人だった。
「あんたは、なんでこんなとこで働いてんのかな?」
酒くせぇ。
「別に……」
人のことは言えた義理じゃないが、似たにおいを感じた。
冬の終わり
卒業式も終わり、もうすぐバイトも終わる。
「うまいっすか?」
裏に行くとユキさんがタバコを吸ってた。
「……。やってみなよ」
吸いかけのセブンスターは肺に入れることもできずにおもくそむせた。
「今日ラストだって?」
「うっす」
「これからどーすんの?」
「家、出ようと思ってますけど」
「ふーん……。大人になったっていいことなんかないよ」
「そっすかね」
「そうだよ」
「そっすかぁ」
彼女は最後の一服を深く吸うと灰皿にタバコを押しつぶして、すれ違いざまに言った。
「これやるよ」
煙草の匂いを強く感じた瞬間、湿ったやわらかいものが唇に触れる。
「ガキがもうこんな世界に来るなよ」
振り返るとそれ以上何も言わず、ドアを開けて出ていった。
1年後の冬
セブンスターを咥えながら久々に店に行った。
軽くなったドアを開けると変わらないカウンター。
懐かしい顔ぶれと思い出話をした。
吸い殻にセブンスターはなかった。
彼女はもういないらしい。
もう少しで身長も追いつくと思ったんだけどな。
煙草を肺まで深く吸ってゆっくり煙を吐き出した。
彼女の言葉がこだまする。
一歩踏み出せば戻ることのできない非常階段の前、ギリギリのところで踏みとどまった。
執筆よる
♯記憶の断片小説
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