はじめて適応障害になった話

日記

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2025年秋。

適応障害って言われた。

適応障害といえば、真面目な人がなるもんだと思ってた。

他人に頼れない迷惑をかけたくない人がストレスがキャパオーバーしてなる病気で、周りからは腫れ物を見るような目で見られたりサボってると見られるおいそれと人には言えない病気だった。

最初はちょっとした首の痛みだった。

寝違いだと思って放置していると少しづつ首が回らなくなってきた。

なけなしの休みに接骨院に行き、整体に行き、整形外科に行く。

ストレッチをして、ヨガをして、ラジオ体操をして。

背中まで広がる痛みに胸の奥まで息苦しくなり、毎日毎日検索してた。

いよいよ自律神経か、更年期か疑いだして予約したメンタルクリニック。

「ストレスですね。休みましょう」って医者が言ってきた。

真っ先に、仕事どうしようかって頭に浮かぶからたちが悪い。

病院の駐車場で、仕事休めるという気持ちと会社に連絡したくないなという気持ちとこれからどうなるんだろうという気持ちが混じり合ってた。

思えばずっと仕事中心の生活ばかりしてきた。

会社に連絡しないと。

あー気が重い。

休むのも、連絡するのも、病気になるのもホント気が重い。

ホントこれからどうしようか。

「あーあっ」

10日くらいして俺の療養生活が始まった。

療養生活

終わりのない休みが始まった。

飲食業25年。

休みを求めて25年。

世界の誰もが憧れる、無制限延長ありの休暇という名の療養生活が突然始まった。

窒息する休日

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